第7回 京都府京都市・藤森神社 駈馬神事 その2

藤森神社の代々の氏子に引き継がれた「駈馬神事」。騎乗者となる氏子たち、神事に使われる馬たちはどんな準備をしているのだろうか?
一発勝負の伝統芸
通常「駈馬」といえば、文字通り馬を疾走させることを意味する。それ自体を宗教的な儀式とする神社が多い中、藤森神社のそれは異なる。歴史と伝統に育まれながら、なおかつエンターテイメント性の高い神事となった。
騎手は「乗子(のりこ)」と呼ばれ、神社の氏子かその子孫。中には親子三代続くケースもあるという。だが、決して馬のプロではない。
「普段からかなりの練習を積んでいるだろうし、馬も専用に調教されているはず」
とかってに想像していた。関係者に話を聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「馬上での練習は1年に1回だけです。1ヶ月前にここでやってあとはぶっつけ本番。馬も同じく、練習日を除けば今日が初めてです。人も馬も一発勝負。その緊張感が戦を起源に持つ祭の雰囲気を盛り上げるのだと思います」
思いがけない話に唖然。
それでもふだんはドラム缶などを利用して練習し、技そのものは伝えられている。
神事用に用意された3頭の間を行き来する乗子の衣装は、赤いシャツの上から黒いメッシュの編み物。鎖帷子を彷彿とさせる。あとは祭礼用の股引に地下足袋。プロテクターもなければ、ヘルメットもない。舞台となる参道は土だが、疾走する馬から落ちればただではすまない。聞けば、打ち身、捻挫、軽度の骨折はあるが、それ以上の重大事故はないとのこと。神のご加護といったところだろうか。

固く晒しを巻いて、神事に備える乗子となる氏子。
和洋折衷の馬具
目の前にいる入れ込み気味の主役たちは、競馬上がりの2頭のサラブレッドと1頭のアラブ馬。行事に使うのはこの3頭のみ。もう一頭、中間種がいるが、これは予備。
馬装が始まった。
和鞍・和鐙と和式乗馬に近いが、鞍は和鞍と西洋鞍を合わせたもの。10鞍以上あり、馬の背中に合わせて適当なものを選ぶ。ただ、どの鞍もせり上がった前橋部分の両サイドが波型にカットされている。
「ここに手をかけて、馬上で位置を変えたり、体を支えたりします」
関係者の話に納得した。
1頭の馬の銜(はみ)を見てびっくり。「洗い銜」が使われている。細い銜付きの頭絡(とうらく)で制御力が強い。ただし銜受けに悪い影響があるので、厩舎でも最近は滅多に見ない代物だ。昔は厩務員は自分専用の洗い銜を持ち、それで引き馬をしていた。
ひと通り馬装が終わったところで鐙の固定に入る。この作業が最も重要だ。鐙が安定していないと何も技ができない。木綿の布で入念に縛る。馬は嫌がるが、しかたない。ぐいぐいと締め上げていく。
和鐙は舌長鐙ともいわれ、舌を伸ばして先端を返した形をしている。その形状をうまく利用して、三角形を形作るように紐で固定する。ここに足を入れて、支えにしたり、足の親指と人差し指で紐を挟んだりする。
乗る直前には水につけたわら紐を右足の甲に巻き、結び目もろとも縛り上げる。水を含んでいる分、乾燥するとさらに固くなる。摩擦が和鐙との密着度を増し、結び目が鐙を固定した紐にひっかかってストッパーとなる。技の最中も足が外れない。
こうして完全装備で騎乗に臨む。本番はこれからだ。

神事用に馬装された馬。和鞍を元にした独特の鞍に舌長鐙を縛り付けてある。

神事の際は騎乗の前後に入念に馬装をチェックする。

技の披露には足元が大事。ストッパーとなる水を含んだわら紐を足に巻く。