第7回 京都府京都市・藤森神社 駈馬神事 その3

駈馬神事で奉納される技は、実際に戦場で使われたものが原型となっている。実戦で磨かれた技ともいえる。どんなものがあるのだろうか?
舞台となる走路
「参道を歩いている方は、外側の側道へ移動してください」
アナウンスが流れる。たちまち、幅5m・直線180mの走路が現れた。スタートは南門、ゴールが拝殿前となる。
埒(らち)が作られる。3m間隔で立てられた白い支柱に鉄製の横棒が渡される。高さは1mほど。ほぼ鐙の位置だ。万が一馬がよれて埒にぶつかったとき、鉄製の鐙が観客を傷つけるようなことがないよう、設置される。
スタートしてスピードに乗るまでは、馬は左の埒に向かって突っ込む形で進む。したがって、事故は左側で起こりやすい。乗子(のりこ)が馬上での移動を伴う技を仕掛けるときは、馬の右側に体を預けるのが基本。馬は最初左に向かい、技が仕掛けられると右が重くなるので自然と右によれる。結果的に走路の真ん中へと移動する。
ゴール付近では、神垂(しで)のついた注連縄(しめなわ)を持った氏子たちが控える。これを振って馬を止める。技を披露してから、ゴールのロープまではわずか20mぐらいしかない。スピードに乗った馬を止めるにはかなり強引だ。馬上の乗子は止めた反動で簡単に落ちてしまいそうだが…。
「ただ今より、駈馬神事を始めます。まずは、『素駆(すがけ)』からご披露します」
アナウンスが響く。
素駆は文字通り、技の披露はなく、参道を一直線に駆け抜けるだけだ。いわば慣らし運転。競馬でいえば返し馬のようなものだ。馬の緊張をほぐすとともに、騎乗者も心の準備ができる。
紫の飾り紐をかけた馬から。遠目にも入れ込みが激しい。手綱を放されると左右によれる。たちまちギャロップになる。明らかにかかり気味。あっという間に直線を駆け抜けると、ゴールで急ブレーキ。当然、乗子は落ちた。観客が騒然となる中、乗子が立ち上がると拍手。どうやら無事だったようだ。

神事の前に関係者の行列がお祓いをしながら走路を進む。

先ずは素駆で馬も人もウォーミングアップ。
戦場で磨かれた技
「続いて技の披露に入ります。まずは、『手綱潜り(たづなくぐり)』から。敵の矢が降りしきる中を駈け抜ける技です」
アナウンスが流れたのち、馬が走り出す。スピードに乗った瞬間、手綱を放して馬上で体を寝かせて水平の位置をとり、馬の首の右側に自分の顔を持ってくる。矢は体の上を通り過ぎるというわけだ。右手を斜め上空にあげてバランスをとる。馬の顔と人の顔が並び、人馬の一体感が出ている。観客からは歓声と拍手。ゴール直前で体を起こし、馬を止めようとしたが、手綱が切れるアクシデント。そのまま落馬した。
「怪我はありませんでした。これぐらいは仕方ないです。こういう経験を重ねてこそ技が上達していきます」
関係者のアナウンスに観客のざわめきも消えていく。
続いて赤い飾り紐をかけた白い馬体の芦毛馬が駈けてくる。乗子が突然片足を外し、鞍の右側に倒れこむ。片足だけでぶら下がった状態だ。もちろん手綱は手放し、両手は地面に向かってバンザイの態勢。右足だけが上に突き出された格好。「藤下がり」と呼ばれる技だ。敵に矢が当たったと見せかけて戦場を駈け抜ける高度な技だ。疾走する馬にぶら下がり、顔のすぐ下に地面が迫るのだから怖くないわけはない。
ゴール手前、起き上がろうとした瞬間、鞍がずれて馬上に戻れなかった。
「鞍は入念に締めるのですが、今日のように暑い日は馬が汗をかきます。そのためにどうしてもゆるんでしまうのです」
関係者の話だ。
鞍を止める腹帯として、後からかけた木綿の布は、鐙の固定には有効だが、鞍そのものの固定に強く効いているようには思えない。鞍ずれは、その都度直すしかない。

馬上で水平の姿勢をとる技「手綱潜り」。

矢に打たれたかのような態勢で逆さになって駆ける大技「藤下がり」。

鞍と鐙の密着度は特に大切。ゆるむと馬上で技ができない。