TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

第7回 京都府京都市・藤森神社 駈馬神事 その4

続々と駈馬神事で奉納される技。どの技もハラハラドキドキという感じだ。それにしても乗子(のりこ)の度胸には驚嘆せざるを得ない。

驚異の技

「次は、通称『杉立ち』という大技です。馬の上で逆立ちをします。なんでこんな技があるのかというと、戦場で敵をあざけり、冷静さを失わせるためといわれています。バランスをくずすことなくうまく決まりますでしょうか」

アナウンスが流れる。

緑の飾り紐の馬が駈けてきた。乗子は素早く鐙を外し、鞍を支点に見事な倒立。安定した駈けっぷりで観客の前を通り過ぎていく。成功だ。万雷の拍手。

「続きまして、逆乗り、通称『地蔵』という技になります」

紫の飾り紐の馬の上で、乗子が体をくるりと反転させる。完全に後ろ向き。顔を尾側に向けているので、前は見えていない。これも怖そうな技だ。制御がきかない分、馬を信頼していないとできない技のはずだが、練習日を入れても馬とは今日が二度目の顔合わせ。熟練の技というよりは、度胸ひとつが頼りといった感じだ。戦場で駈け抜けた後に敵の様子を探る実戦的な技でもある。

再び、赤い飾り紐が映える芦毛馬が駈けてきた。乗子が体全体を右側に寄せ、馬の右側に隠れる。左側からは人が見えない。敵に姿を隠したまま、戦場を駈けぬける。全体重が右側にかかるので、それこそ鞍がずれそうだ。幸い、鞍ずれもなくゴールまでたどり着いた。よほどきつく締めたのだろう。

「ただ今の技は『横乗り』といいます。戦場では特に役に立ったにちがいありません。続いて『矢払い』という技を行います」

アナウンスが流れる。

馬上で逆立ちする技「杉立」。敵を揶揄し、精神的な揺さぶりをかける技だという。

後ろを向いて追ってくる敵の様子を探る技「地蔵」。

正面から見て馬の右横に隠れる技「横乗り」。左側からは空馬に見えるかもしれない。

神に捧げ、ともに楽しむ

歌舞伎に使う「蜘蛛の糸」を手のひらに装着した乗子。駈ける馬の上でまるで踊りを踊るように手を打ち振る。矢を打ち払いながら駈け抜ける様子を表現しているとのこと。突然、白い糸が手から放たれる。紙テープがパッと散って、非常に華やかだ。意外に馬も動揺することなく、まっすぐ駈けている。

どの技も見ていて楽しい。神様とともに楽しむ、といった雰囲気のお祭りだ。馬神事の中でもエンターテイメント性が強いように感じられる。

「次は『一字書き』という技になります。戦場で前方から後方へ味方に情報を送りながら駈ける技です。書く字は『馬』ですが、左右を反転させた『左馬』になります。縁起の良い字とされています」

アナウンスが流れる。目の前をゴールからスタートへ、常歩で向かう紫の飾り紐の馬。乗子は左手に画板を持ち、口に墨をつけた筆をくわえている。手綱は片手で握る形だ。この姿勢のまま、駈けることになるのだろう。

スタート。スピードがあがったところで手綱を離し、さっと板に文字を書く。書き終わったところで後ろに向けて披露。往時はこうして馬上からメッセージを伝えたのかもしれない。

「馬上で字を書くのは至難の技です。反動もあるし、よれることもありますから。父親に肩車をしたまま走ってもらい、その上で字を書く練習をした人の話を聞いたことがあります。そうやって代々伝えられてきた技なんです」

関係者は語った。

すべての技の披露が終わった。何回か落馬もあったが、まずは無事に終わってよかったと思う。馬房にいくと、乗子はみな、片足を引きずり気味に歩いている。見せてもらうと、足の甲がうっ血していた。縄で縛り上げていたせいだ。落馬した面々は、腰をさすったり、足を揉んだり。あちこち痛い場所がありそうだが、みな笑顔。満足感にあふれている。

氏子ならではの使命感も根底にあるのだろう。少々技術が足りない点を度胸でカバーしながら、馬上の技は親から子へ、子から孫へと受け継がれていくにちがいない。

歌舞伎で使う「蜘蛛の糸」を馬上から放つ技「矢払い」。

馬上で「左馬」を書く技「一字書き」。戦場での通信に使われたかもしれない。