第6回 滋賀県近江八幡市・御猟野乃杜 賀茂神社 馬上武芸奉納祭り その3
騎射の技の基本は流鏑馬だが、実戦となれば様々な技を駆使しなければ相手には勝てない。また弓だけでなく、一騎打ちともなれば、馬上で太刀を振るう必要もある。そんな数々の技が披露される。
鎌倉武士と騎射の技
流鏑馬の後は馬上武芸となる。
まずは最初と同じく流し旗。それも一度に五騎。各自が、緑・赤・黄・白・紫と異なる色の旗を持つ。陰陽五行説の木火土金水を表している。
五色の旗が馬上にたなびく様はきらびやかでかつ勇壮。縦列を乱すことなく、直線上に駆け抜ける。戦場では味方を鼓舞し、敵を威嚇する役目を負っていたことだろう。
片手で旗竿を支え、片手で手綱を持つ。腕の力と騎乗技術の両方が不可欠だ。
さらにもう一走。今度は縦列ではなく隊列を組んでの演武。たなびく旗が各々の進路を邪魔しないよう馬をコントロールする。縦一列より高度な技だ。
流し旗に続き、騎射の様々な型を披露。的を流鏑馬用のものから替え、位置も替えて設置される。
流鏑馬は奉納の意が強く、左側の真横を射つと決まっている。しかし武芸では前後左右あるいは上下と、自在に射ち分けられなければならない。前の敵を追う場合もあれば、後の敵を撃退する場合もある。
弓は左手に持ち、矢は右手でつがえる。左手を伸ばす形になるので、左向きは自然な姿勢となるが、前後となると体をひねらなければ対象と正対できない。当然ふつうに騎乗するときと比べ、バランスを崩しやすい。馬上での下半身の安定と上半身の柔らかさが必要となる。ここでも日本古来の騎乗法「立ち透かし」が基本となる。鞍に立ち、重心を安定させながらも、膝をしめることなく上半身の動きは妨げない。和鞍や和鐙はそのために特化した道具であり、反動の少ない和種馬はそのために選択淘汰されてきた馬なのだ。戦場での機動力、兵器としての弓の威力が一体化し、実戦の中で磨かれてきた。伝統の知恵と技がそこにある。馬事文化における一つの華だろう。
「追物射(おいものい)」は前の敵に射かける際の型。体を前面にして騎射する。これに対して後から迫る敵に射かける型が「押捩(おしねじり」)。上半身を大きくひねり、後ろを振り返って射つ。進行方向から目が離れる。難易度が高い。
射手たちはこれらの高度な技を易々とこなし、ほぼはずれがない。
特に驚いたのは、二騎による追物射と押捩。実戦を想定し、二騎が追いつ、追われつする場面を再現している。追う者が正面を向いて矢を放てば、追われる者はすかさず振り向いて矢を放つ。的と的の間隔は20メートルもない。あっという間の出来事だ。
一瞬鎌倉時代にタイムスリップし、戦場を間近に見る思いがする。迫力があって素晴らしい。
隊列を組んだ流し旗の騎馬が進む。
振り返りざまに矢を放つ。
追う者と追われる者による騎射の技。
馬上で武器を振るう
続いては低い位置にいるウサギなどの獲物を射つ技「弓手下(ゆんでした)」と「馬手(めて)」。
弓手下は、射手からみて左下を狙う射ち方。馬上で体をひねりつつ、前傾姿勢をとる。この態勢で矢を射るのはかなり窮屈。しっかりと型が取れないと、弓に矢をつがえるのも容易ではない。
騎乗というより、だんだん曲乗りの世界に近づいてきた印象だ。
馬手は弓手下の逆。右下の獲物を狙う技だ。
いったん弓手下に構え、大きく弓を振り上げ、馬の首をまたいで右側へ構えを移す。馬の左を走っていた獲物が急に進行方向をかえ、右に出た場面を想定している。このときだけは、ゴールからスタートへ向かう。右側に射つ唯一の技だからだ。
ひねりつつ体を前傾させればバランスは崩れやすい。その間、手綱は手から離れているのだ。体のバランスだけが頼り。こんな技術を0から始めて身に付けたとは、いったいどういう人たちなのだろう。驚きを通り越してあきれてしまう。
次は馬上で武器をふるう演武。乗り手が持っている武器は「長巻(ながまき)」と呼ばれる刀身も柄も長い刀。全長が2m以上ある。もはや長すぎて腰に帯びることはできないので、家来に持たせ、馬上より抜いて構えるスタイルだ。
馬上で構えた後は疾走しながら右に左に袈裟懸けで切り下ろし、切り上げる。かなりの腕力が必要だ。
続いて薙刀(なぎなた)。こちらも長いが刀身自体は長巻より短く、独特の形状をしている。
その扱いやすさから、時代が下がるにつれ、女性の武器として定着した。
演武するのはやはり女性。華やかな出で立ちと薙刀さばきが凛々しい。
最後は長槍。3メートル近くありそうだ。それでも短い方だとか。走路の幅を考えるとこれが限度なのだ。昔は6メートルという長尺の槍も。突くのが動作の主流なので、長ければ長い方が戦闘では有利。馬上で持つ武器の中で最も長い分、扱いにも技術がいる。
締めは三騎による弓の連射。実戦というより最後を飾る儀式に近い。通常よりゆるやかに弓を引き、騎射後は残心の型をとる。的に当てるだけでなく美しい形で弓を引くことに重点が置かれている。
「的中! 的中! 的中!」
小気味よいアナウンスが森いっぱいに響き、拍手の渦のなか、演武が終了した。
豪快に長巻(ながまき)を振るう。
馬上で武器を扱うには下半身の安定が不可欠。
三騎により連続して的を狙う。