第6回 滋賀県近江八幡市・御猟野乃杜 賀茂神社 馬上武芸奉納祭り その4

馬上武芸奉納の最後を飾るのは、やはり競馬。馬で速く走れることの意義は戦場でも計り知れない。賀茂競馬、足伏走馬とは異なる、和種馬による競べ馬には馬事文化的価値がある。
「くらべうま」の起源
次は競馬神事(くらべうましんじ)。
流鏑馬と並ぶ馬神事。797年に朝廷によって編まれた歴史書「続日本紀」に701年5月5日に時の文武天皇臨検のもと開催されたとの記述がある。その後も奈良・平安・鎌倉と時代が流れたが、神事の基本は変わらない。
賀茂競馬にもあったように右方、左方に分かれて繰り広げられる二頭の馬のマッチレース。
直線走路をゴールまでいち早く駆け抜けた方が勝ちだ。いたってシンプルだが、競走中に殴る、蹴る、摑み掛かる、といった妨害行為も往時は許されていた。戦場での実戦も想定されていたのだろう。相当激しいものだったようだ。
勝った方は天皇や貴族あるいは寺社といった主催者から数々の報賞と栄誉が与えられる。負けた方は逆に物品を献じることになっていた。乗り手の出世にも、馬産地の名声にもつながる真剣勝負だった。
逆に吉凶を占う儀式としての一面もあった。
夏は左方が勝てば日照り、右方が勝てば雨降りといった具合だった。
騎手は「乗尻(のりじり)」または「騎人(のりひと)」と呼ばれる。原則として左方は緋衣に赤の打掛、右方は紺地に青の打掛と決まっていた。
「それではこれより競べ馬の奉納を始めさせていただきます」
アナウンスが響く。続いて流し旗が入場。神事の開始を告げる。
参加する馬は八頭。全頭が走路に入り、まずは馬場見せ。各々が速歩で一往復して緊張をほぐす。演武とは違う空気が流れる。
勝負はトーナメント。勝ち残りで勝者を決めていくスタイルだ。
レースをする二騎は引き手に連れられて走路中央付近に進み、念人(ねんじん)と呼ばれる審判に一礼。その後スタート地点に戻る。
両者が同時に掛け声。
「やあ、やあ、やあ」
最後の声を掛け終わった瞬間、二騎は猛ダッシュ。ギャロップで標木が立てられた決勝点へと向かう。力強さはあるが速くはない。
一般にサラブレッドは時速60キロといわれるが、和種馬はトップスピードでも時速45キロほど。反動が少ない分、スピードは遅い。
乗尻は鞭を前へと掲げた独特のポーズをとる。「やあ、やあ」と叫びながらいっぱいに馬を追う。大声が森にこだまする。
時折激しく鞭をふるう。往時の衣装といい、小さくとも力強い和種馬の走りといい、いにしえの「くらべうま」を想像させる。
決勝点を過ぎると二騎がきびすを返して戻って来た。念人の前に進む。
「勝者、右方、◯◯」
念人は扇子をかざして勝者を指し示し、宣言する。勝者は馬上で勝ち名乗りを受け一礼する。その瞬間、敗者は下馬する。騎乗のまま悠々と馬場を戻る者と、下りて馬を引く者と。勝負の世界はいつも非情だ。

出走全馬の馬場入場。

先を争う二騎による激しい攻防。

審判役の念人(ねんじん)により、勝負の結果が告げられる。
和種馬と武芸奉納
こうして同じパターンで次から次へ競馬が行われる。1レースは約10分ほど。4レースが終わったところで勝ち馬による2回戦。さらにレースは白熱していく。
古式に則った競馬とはいえ、勝った方は人馬ともに意気揚々。負けた方は悄然として馬場を去っていく。このあたりは今の競馬と変わらない。マッチレースだけに白黒がはっきりつく。もっとも往時は妨害行為ありのケンカ競馬だからもっと戦闘的だったろう。絵巻物などを見ると馬上で掴み合う姿が描かれている。それはそれで見ている方はおもしろかっただろうが、やるほうはたまらない。文献では死人も出たという。
当然だろう。いくら当時の乗尻が馬に習熟した一流の武士であっても、全力疾走の馬から落ちた場合、打ちどころが悪ければ、ひとたまりもない。報賞や栄誉だけではない、命がけのレースだったはずだ。
現代の競馬でも安全上の対策は二重三重に施されているが、それでも起きるときには事故は起きる。命を賭けた戦いである事は本質的に変わらない。古式競馬の再現をめざすとはいっても、そこまでは無用だ。
準決勝、決勝とレースは続く。決勝ともなると観客の方も盛り上がる。
決勝に勝ち残った二騎。いずれもレースでは圧勝だった。
「やあ、やあ、やあ」
スタート地点から声が聞こえる。決勝の始まりだ。猛然とダッシュする両者。声が近づき、目の前を通り過ぎる。
中間地点ではどちらともいえない接戦だったが、決勝付近では右方が一馬身差の勝利。
「右方、◯◯が勝利しました」
勝ち名乗りを受けに速歩でもどる優勝者。拍手を浴びると馬上から観客に軽く会釈。表情はひきしめたままだが、誇らしげだ。
最後はレースに参加した八頭がいっせいに駈歩。観客にアピールする。
何はともあれ無事に終わってよかった。
和種馬を愛し、和種馬を生かす道として武芸奉納を選んだ愛好家主催の神事としては実に素晴らしいと思う。見る者を鎌倉時代へと誘い、古式馬術を十分堪能できた。
普段は和種馬に触れる機会は少ない。本来、彼らの役割はこれだったはず。日本固有の馬文化を支えた担い手としてもっと多くの注目が集まってしかるべきだ。現代に和種馬を残し、かつ往時の技を蘇らせようと奮闘する人々に、賞賛の拍手を送らないではいられない。

トーナメント形式で「くらべうま」は続く。

最後に出走全馬が駈歩で観客にアピール。

馬上武芸伝承の活動はこれからも続く。