第9回 沖縄県沖縄市・琉球競馬 ンマハラシー その1

沖縄には日本で行われる競馬の中でも飛び抜けてユニークなレースがある。それが琉球競馬「ンマハラシー」だ。どんな馬が参加する、どんなレースなのか。その模様を紹介する。
独特の競馬史
沖縄で馬といえばイメージがわかないかもしれないが、実はきちんとした伝統がある。14世紀、琉球王国の頃は、当時の中国・明へ年間何万頭もの馬を送った一大生産地だった。その後も、馬産は衰えることなく続き、昭和初期でも4万頭を数えたという。
馬がいて、人がいれば、競馬は自然発生的にも起きる。軍馬を鍛える目的で行われていた競馬が、庶民の楽しみともなり、独特のお祭り競馬が生まれた。それが琉球競馬「ンマハラシー(ンマハラセー<馬駆せ>ともいう)」だ。
その基本は直線200m足らずの2頭のマッチレース。ただし駆けさせてはいけない。ギャロップはいうに及ばず、キャンターになっても失格。速歩、それも原則としては側対歩だけが許されるレースだった。速さとともに優雅さをも競う。審判員による判定が唯一の勝負の決め手だ。着順ではない競馬。世にもめずらしいスタイルなのだ。
戦前の沖縄には200を超える競馬場があり、季節によって「ンマハラシー」が行われ、各地の競馬場を勝ち上がった勝者がトーナメント方式で頂点をめざした大会さえあったという。

かつて競馬が行われた沖縄県北部・今帰仁村の仲原馬場跡地。史跡となっている。
70年ぶりの復活
日本の在来馬8種のうち、3種は鹿児島以南あるいは沖縄地方にいる。トカラ馬、宮古馬、与那国馬だ。かつての琉球王国が、馬の王国でもあった名残りともいえる。いずれも小型ながら軍馬として、支配階級の乗馬として用いられ、明治期以降は厳しい農作業にも耐えた優秀な馬たちだった。
しかし、太平洋戦争で沖縄は激戦地となり、馬の文化も荒廃。さらには戦後の米軍による占領やモータリゼーションの波などにより、馬も競馬も消えていった。
有志により復活したのは2013年。70年ぶりのことだった。
関係者は語る。
「『ンマハラシー』」に参加する馬は沖縄本島だけでなく各地の離島からもやってきます。宮古馬、与那国馬などが中心ですね。ほかは乗馬クラブのポニーなどの小型馬。正直、きれいな側対歩が出る馬は少ないですが、なんとか往時のイメージが出せるよう、乗り手も練習を重ねています」
現地に赴き、競馬大会「ンマハラシー」を見学した。

復活した琉球競馬「ンマハラシー」。