第4回 京都府京都市・上賀茂神社 賀茂競馬後編 その3
ついに賀茂競馬が始まった。全6レースだが、本当の勝負に関わるのは5レース。直線150mほどの競馬とはいえ、白熱したレースが続く。
競馬の原点
左方「倭文」と右方「金津」による「一の番(つがい)」(第1レース)が終わった。一の番では左方「倭文」が勝つことが儀式として決まっている。二の番以降が真剣勝負となる。
2頭が馬場入り後、「三遅・巴・小振の儀」を行い、「馬出しの桜」にもどる。埒内に問題がないことを氏人が確認し、白い旗をふる。「スタートできますよ」の合図だ。
「合うた!」
掛け声とともに先馬の右方がダッシュ。ほぼ同時に左方も飛び出す。一馬身あけるのが作法だが、一馬身は約0.2秒。遠目には同時にしか見えず、誤差の範囲だ。気持ちスタートをずらす感じだろう。ともかく馬が行けそうになったら牽き綱を放す感じ。誰かが指示を出すわけでもなく、乗尻と牽き手の判断のようだ。ゲートがないのでこのあたりは致し方ないだろう。草競馬のスタートも似たようなものだった。先馬、追馬はあるがそこに拘泥していては競馬にならない。
第2レースは右方が先着。これで一勝一敗。「勝負の楓」で2頭の鼻面が合った。ゴール後もスピードは落ちない。合わせ馬の形になって逆に加速している。あっという間に奥馬場へ消えて行く。
5分ぐらいたって、ようやく馬が速歩でもどってきた。だいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
負けた左方は左に折れて二の鳥居前で一礼し、参道から馬房へともどる。勝った右方はいったん右に折れて舗装されている西参道に出る。そのまま馬場元へ向かい、途中で左に折れて右方念人幄の前に現れる。勝ち名乗りを受けるためだ。
「ただいまの勝負いかがでござる」
念人が聞く。
「お勝ちでござる」
後見が答える。
差し出された白布を乗尻は鞭の先で受け取る。頭上でふりかざし、勝利のアピール。緊張もとけたのか、顔も誇らしげだ。
「合うた!」の声が聞こえた瞬間、スタート。
振り返って追馬を見る先馬の乗尻。
先着して勝ち名乗りを受ける。
競馬の原点
さらに番立ては続く。第三の番。はじかれたように飛び出した先馬の左方だったが、追馬の右方が「勝負の楓」で追い抜いて先着。二連勝だ。残りは三番。一勝のアドバンテージがあるのに左方の旗色は悪い。
第四の番で事件は起きた。入れ込みのひどかった左方の馬の乗尻が、スタート直後に落馬。観客からどよめきが起きる。右方の馬と左方の空馬がカメラの前を駆け抜けていった。
馬場元に目を向けると落馬した乗尻が歩いて来る。無事のようだ。観客から拍手が起きる。励ましのつもりだろうが、落ちた方は恥ずかしい思いをしていることだろう。無理もない。馬に乗って駆けぬけてこその馬場を、ひとりで歩かねばならないのだから。
第五の番。右方が勝てばチームとしての勝利が決まる。スタートは互角に見えた。
「おう、おう」
乗尻の大声が近づいて来る。
直線での競り合い。ただスピードは前のレースより遅いように思える。見た目には2頭そろって「勝負の楓」を通過したように見えた。おそらく追馬の右方の勝ちだろう。
スピードはかなり遅くなっていたので、両馬とも芝目が切れたすこし先で止まった。しかしその瞬間、左方の乗尻がバランスを崩し、落馬。崩れるようにむきだしの土の上に落ちた。一瞬ひやりとしたが、ほどなくして立ち上がる。レンズ越しにのぞくと、バツが悪そうに照れ笑いを浮かべている。何はともあれ無事でよかった。氏人のひとりが、空馬をつかまえに奥馬場へと走っていくのが見えた。
これで右方の勝利が確定。右方が勝つのはめずらしいことのようだ。
いよいよ最終レース。
「左方は今日が初騎乗となる中学2年生の乗尻です。対する右方は最年長のベテランです。どちらが勝利をおさめますかご注目ください」
アナウンスが流れる。
最後の「合うた!」の声。2頭が向かって来る。勝利が決まった余裕からか右方は流す感じだが、それでもあっという間に先馬の左方に追いつく。若い乗尻もさかんに馬を追うが、経験の差か、ゴール付近で追い抜かれてしまった。
それでも無事に走りきり、観客からは拍手。二番続いて落馬があった後なので、安堵の空気が流れる。
結局は最後も右方の勝ち。
「お勝ちでござる」
最後の宣言が境内に鳴り響くと馬上の乗尻が勝利の白布を天に差し出した。
すべてのレースを終え、やがて馬も人も馬場から消えた。馬房に行ってみると馬装を解いている最中。どの顔も緊張が解けて笑顔になっている。
林の中を一陣の風が通り過ぎる、馬のたてがみがわずかにゆれた。神の祝福だろうか。
日本最大の馬神事、賀茂競馬。千年の伝統を受け継ぐ儀式が無事に終わった。神と馬と人が織りなすドラマはこれからも続いていくことだろう。
スタート後に馬がよれて落馬。
大勢の観客の前を駆け抜ける。