TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

第4回 京都府京都市・上賀茂神社 賀茂競馬後編 その2

レース前、馬と奉仕者たちは行列を組み、神社の外を練り歩く。華麗な出で立ちは往時の儀式を彷彿とさせる。行列後は再び神社へと戻る。本番に向けて徐々に緊張感が増していく。

華麗な行列

先日の足汰式と同じく、「足洗いの儀」から儀式は始まる。次々と川辺に馬が連れてこられ、脚下に水がかけられる。

庁屋では乗尻が浄衣から平安時代の近衛府の官人の衣装に着替えていた。冠は烏帽子。「細纓(さいえい)」という細長い輪が頭上につけられている。ひときわ目を引くのは前方向に放射状に枝がのびた「老懸(おいかけ)」という装身具。これがあるといかにも武官という雰囲気が漂う。上半身は「裲襠(りょうとう)」と呼ばれる打掛のような衣服の上から「闕腋(けつてき)の袍(ほう)」と呼ばれる短いガウンのような衣服をはおる。下は袴、足下は足袋。左方は緋色の地に金、右方は黒の地に金の刺繍が基調。全体として、衣装は左方「赤」、右方「黒」と決められている。

出で立ちが整うといったん馬と人は神社を出て近くの300m先の上賀茂小学校に参集。往時は乗尻たちの邸まで馬が連れてこられたが、それが儀式化した。乗尻はここで騎乗。氏人が馬を牽く。「ならの小川」から続く明神川沿いの道路をもう一度神社まで常歩で行進。青い着物を着て手に鞭を持った小学校5〜6年生の男の子が童子として同行する。サッカー・ワールドカップの入場で子どもが選手を先導するのと似たようなもの。馬一頭に乗尻、牽き手、童子の3人がつき、これが計12組、列をなして進む姿は壮観だ。

神社に戻ると、境内入り口で乗尻はいったん下馬。再び庁屋へと上がる。殿上では正面に念人たちが控えている。左方・右方に分かれてお祓いを受けたあと、「勧盃・搗ち栗の儀」へとうつる。「三献」と呼ばれるお神酒を飲み、熨斗(干したスルメイカ)、勝栗(干した栗を臼でついたもの)、昆布を食べる。「相手を打ちのめし(熨斗)、勝って(勝栗)、喜ぶ(昆布)」との意がこめられている。

「勧盃・搗ち栗の儀」が終わると、乗尻は再び馬、牽き手、童子とセットになって、一の鳥居前に参集。念人を先頭に左方、右方と一の鳥居をくぐり、参道を通って徒歩で二の鳥居へと向かう。鳥居をくぐるときは各々一礼。馬は牽き手に牽かれる。先頭から右方の最後まで100m近い行列となる。

平安時代の近衛府の官人の衣装を着て馬に乗る乗尻。

華麗な行列が街を進む。

庁屋の殿上で行われた「勧盃・搗ち栗の儀」。

競馳(レース)開始

二の鳥居で左に折れ、馬は馬場末へ。乗尻たちはそのまま二の鳥居をくぐって本殿へ。本殿で必勝を祈念する「奉幣の儀」を終えると、その足で馬場末に向かい、騎乗。

馬の馬場入り前に、雑兵姿の小学校低学年10人の一行が神官に連れられて馬場内を一周。昔の警固衆を模している。かわいい行列にほっとした空気が流れ、本番前の緊張がほぐれる。神事には子どもがつきもので、やはり神様を喜ばす効果があるようだ。

馬が入って来た。足汰式と同じく、九折南下しながら馬場元へ進む。本番とわかるようで馬の入れ込みも激しい。

馬場末から馬場元を見て右側、「見返りの桐」のところに右方念人幄(この場合の「幄」は儀式用の仮の建物)が設けられ、念人、後見が着席。後見は発走が正しく行われたかを見る。

同じく馬場殿の隣に左方念人幄。こちらもすでに着席。幄内には太鼓があって、左右どちらかの馬が「勝負の楓」を過ぎたところでひとたたき。ゴールしたことを知らせる。またすぐ隣には高さ5mほどの物見櫓。後見役の二人が控えており、ゴール前の勝負の行方を判定する。

こうしてスタート前、ゴール前、審判団は所定の位置についた。

馬場元にたどりついた馬は左右に分かれて埒外の馬場に控えている。

「ただ今より競馳開始です」

アナウンスが流れ、第一の番(番は「つがい」と読む。第一の番は第1レースの意味。)、左方「倭文」と右方「金津」が埒内に入場。

落ち着いたところでスタート直前の大事な儀式「三遅・巴・小振の儀」の開始。

傍目にはレースをする2頭が直線半ばまで常歩で左右に分かれて進んだり、時折交差したりするだけにしか見えない。しかしこれも「賀茂悪馬流」の馴致法が儀式化したものだ。馬を駆けさせる前に乗尻が馬の性質を見極め、馬場に慣れさせる。他の馬を近づけることで興奮具合をはかる。

二頭が「馬出しの桜」にもどって来た。頭が馬場元に向いている。これを馬場先に向ければスタート。

「合うた!」

両馬が振り返った瞬間、大きな声が聞こえた。作法にのっとり、左方の倭文が矢のように飛び出す。1〜2秒遅れて右方の金津が放たれる。彼我の差は10mはあり、150mの直線では到底追いつかない。

ドン!

太鼓の音がして倭文が「勝負の楓」を通過。続いて金津も駆け抜けて行く。

警固衆を模した子供たちのかわいい行列が進む。

馬場殿の隣で、左方念人が高台から勝負を見つめる。

スタート前の最後の儀式「三遅・巴・小振の儀」。

時間差でスタートした左方「倭文」と右方「金津」。