第3回 京都府京都市・上賀茂神社 賀茂競馬前編 その3
様々な儀式を経て、足汰式(あしぞろえしき)のメイン、模擬レースとなる。模擬とはいえ迫力は本番と変わらない。
素駆(すがけ)で技量を見る
最初は全馬が一頭一頭コースを駆ける「素駆(すがけ)」。直線半ばにいる所司代(審判役)が馬の速さと乗尻の技量を見る。技量とは、馬上での姿勢や古式にのっとった鞭の使い方、「勝負の楓」を過ぎてからの馬の止め方などだ。勝敗もさることながら神事として儀式全体がきちんと行われるように吟味する。
ただ、一頭目の左方・倭文(しどり)と右方・金津(加賀国金津荘)は例外。本番でも勝負の外にある。なぜなら必ず左方が勝つと作法にあるため。起源にある「菖蒲の根合わせ」のときに左方が勝ったことに基づく。
江戸時代以降は幕府の権威をたてて京都所司代から奉納される馬を倭文とした。必ず勝つからだ。幕府も気を使われて、悪い気はしなかったことだろう。権力者の取り扱いに長けた京都人らしいやり方ともいえる。
馬は馬場元の待機所から一頭ずつ馬場に入る。氏人が牽き綱を放すと、ダッシュよくコースをギャロップしていく。中間にある「鞭打ちの桜」のあたりで、トップスピードに入る。
サラブレッドのトップスピードは時速約60km。600mほどしか持続はしないが、この距離なら十分このスピードで駆け抜けられる。
芝とダートでは、同じ時計でも騎乗者にとって体感速度は違う。芝の方が早く感じられる。脚下からの感触が異なるからだ。
和鐙は足全体で踏みしめるので体は立ち気味になる。モンキー乗りに比べればはるかに騎座は安定するが、体感スピードから来る恐怖は、いかにベテランの乗尻でも、かなりのものがあるはず。毎日のように馬に乗るプロのジョッキーや調教助手のようなわけにはいかない。
ゴールを過ぎ、土の部分にさしかかると、乗尻は体を後方にそらし、馬を止めに入る。おそらく必死の形相だろう。後ろから見ていてもいかにも落馬しそうであぶなっかしい。
いにしえの古式競馬では当然ながら和種が使われた。トップスピードは時速40kmほど。サラブレッドとは歴然とした差がある。
2戦目以降が本当の予選会となる。次々と馬が疾走して行く。
速い馬と遅い馬の差は見た目にもはっきりとしている。速い馬はゴールを過ぎたあとも容易には止められないが、遅い馬は簡単に止められる。馬だけでなく人の技量の差もあるかもしれないが…。
最初は倭文による素駆け。
一頭ずつ素駆けが行われる。
トップスピードで駆け抜ける人馬。
模擬マッチレース
ひと通り素駆けが終わると、一頭一頭再びコース脇の道路からぐるっと回って馬場元の一の鳥居に出る。
本殿に向かって一礼したあと、馬房のある林に戻る。乗尻はここで下馬して馬上殿に上がる。全員がそろったところで番立ての発表となる。
声は聞こえないが発表になったようだ。馬上殿を下りてきた乗尻の表情が引き締まって見える。馬にまたがり、今度はレース順に並んで出発する。
同じように馬場末から九折南下しながら馬場元へ。次は2頭による本番前の模擬レースとなる。
1レース目、左方の倭文がまずスタート。かなり遅れて右方の金津がそれを追いかける。直線半ばで倭文の乗尻が鞭をゴールへと突き出し、次に体を右にひねって、後ろを向く。鞭を一直線に金津へと向ける。身は後ろを向きながら馬は前へと駆けさせるわけだから乗尻に技量がいる。金津の乗尻はそれに応じて鞭を前方へと突き出す。能か狂言を思わせる所作だが、レースがひとつの物語になっているようで興味深い。
2レース目。馬場元付近の控えから埒内に入れると馬は入れこむ。最初はスタート側に頭が向いている。2頭の馬がくるりと回って、ゴールに頭が向いた瞬間
「合うた!」
と大きな声が聞こえてきた。同時に牽き綱が外され、馬が放たれる。浄衣の袖や袴の裾が風を受けて花が開くように広がる。古式競馬独特の華麗な光景だ。
「おうおう」
馬を追う乗尻の大声が境内いっぱいに響く。大きな声が吉といわれる。神様に行事が行われていることを知らせるからだ。
こうして全馬のレースが終わり、本番へ向けた準備が整った。
素駆け後、馬上殿で番立て(レースのプログラム)が発表される。
2頭による模擬レース。
本番さながらの迫力だ。