第3回 京都府京都市・上賀茂神社 賀茂競馬前編 その2
賀茂競馬(かもくらべうま)の本番へ向けて、模擬レースとなる足汰式(あしぞろえしき)。レース前にもいくつか重要な儀式がある。
出走前の儀式
庁屋でのお祓いを終え、さらに奥の沢田社に進む乗尻たち。ここの社脇を流れる「ならの小川」の支流・沢田川で乗尻たちによる「お鞭洗いの儀」が行われる。
気がつけば、大勢の人が「ならの小川」の川岸にカメラを構えて陣取っている。すでにロープがはられ、規制が始まっていた。
氏人たちによる馬の脚に川の水をかけ、清める「足洗いの儀」が始まるようだ。反対の岸辺は規制されて入れない。川に下りる直前の階段まで馬が牽かれ、待機。よく見ればさっきまで馬房にいた倭文(しどり)だった。その間に氏人が階段を下り、川の水で手と腕を洗って、口をすすぐ。両手で水を汲み、4本の脚下にかける。倭文に続き、他の馬も次々とやってきて、水をかけられていく。中には水をかけられた瞬間飛び上がるような仕草をする馬も。
その後、馬、乗尻、牽き手は馬場殿前に移動。殿上には、祓いを行う念人、番立てを決める所司代、書記にあたる目代等、役付の氏人たちがずらりと並ぶ。馬場殿前の広場に牽き出された馬は氏人によって、年齢や健康状態をチェックされる。年齢は歯を見ればわかるのだ。
「毛付きの儀」といわれる。レース前の馬体検査といったところだ。首を振っていやがる馬もめずらしくないが、氏人は慣れた仕草で手早くすませていく。
「『毛付きの儀』が終了後、二の鳥居で一礼してから、馬場末より馬場に入ります」
アナウンスが流れた。
沢田川の近くで、川からすくった水を馬の脚にかける「足洗いの儀」。
馬場殿前で馬の健康状態などをチェックする「毛付きの儀」。
本殿へ向かって拝礼したのち、二の鳥居から馬場末へと向かう。
コースの目安
馬場の両側には観客席があるが、埒で仕切られていた。埒はちょうど胸の高さまであり、上部には青柴が結わえられている。「柴垣埒」と呼ばれる。近づくと、かすかに若葉の香りがした。
馬場末に近い場所の木に「勝負の楓」の立て板が見える。ここがゴール。他にも左右の埒外に目安となる木が植えられ、それぞれ「馬出しの桜」、「見返りの桐」「鞭打ちの桜」などと立て板に書かれている。
また馬場は古来より芝と決められているとのこと。ただ、「勝負の楓」を過ぎると芝は切れ、土の道となり、さらに奥へと続く。途中はゆるやかなカーブになっており、最後までは見通せない。先は長そうだ。ギャロップで疾走して来た馬は容易には止まらない。ブレーキをかけても完全に止まるまでには距離がいる。
馬場末に馬が集まって来た。
時刻は1時半を少し回ったところ。5月とは思えない、夏を思わせる太陽が照りつける。馬場はパンパンに乾いており、見るからに良馬場。1ハロン、つまり200mを15秒以内で駆け抜ける元・競走馬を、乗尻たちは無事乗りこなすことができるのだろうか?
「乗尻たちは4月上旬より今日の日を目指して練習を重ねてまいりました」
アナウンスを聞いて、ますます不安になった。1ヶ月程度の練習で大丈夫なのだろうか? ギャロップの馬から落ちればただではすまない。
いよいよ馬場入り。馬場末から馬場元へ、倭文を先頭に縦一列で左右に蛇行しながら常歩(なみあし)で進んで行く。
「馬場を九折して南下するところから『九折南下』と呼ばれます。一直線に進むと走り出すおそれがあるので、馬にゆっくりと馬場を見せ、落ち着かせます」
アナウンスが入る。新馬戦などで誘導馬の後ろを新馬が一列縦隊で進むことがある。初めて競馬におろす馬を落ち着かせるためだ。似たような所作なのだろう。
ゴールとなる「勝負の楓」。
馬場末へと向かう馬と乗尻たち。
「九折南下」しながら馬場元(スタート地点)へと向かう人馬。