第2回 京都府京都市・上賀茂神社 白馬奏覧神事 その1
賀茂神社を称する社は全国いたるところにあるが、有名なのは葵祭で知られる京都の上賀茂神社だろう。正式名は賀茂別雷神社。「賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)」を祭神とし、約1500年前に創建された伊勢神宮に続く格式のある大社だ。毎年、正月七日に馬を使った神事が行われる。
神馬が導く幸福
大きな釜から湯気が立ち上る。青草独特のにおいがあたりに漂っている。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。春の七草。一月七日の松がとれるこの日、粥にして食べれば一年間の無病息災が保証されるという縁起ものだ。正月のごちそうで疲れた胃を癒す効果もあるという。
そして白馬。
正月七日に七頭の白馬を見ると、一年の邪気が祓われ、幸福が訪れるという中国の故事がある。これにちなんで、ここ京都・上賀茂神社では毎年「白馬奏覧神事(はくばそうらんしんじ)」が行われる。神前に白馬を牽き、神覧に供する。年の始めの重要な儀式だ。参拝者は、この神事を見て、七草粥を食べれば、幸せで健康な一年が送れるといわれる。
主役の白馬は神馬舎にいた。ふだんは「六代目神山号(こうやまごう)」、つまりは神馬(しんめ)として過ごしている。
首を縦に振り、せわしなくとも綱を噛んでいる。白い馬体は毛艶もよく、手入れの行き届いた様子がうかがえる。背中には橙色の馬着(馬に着せる服)。「湯丹(ゆたん)」と呼ばれる。見た目は質素だが湯丹の図柄は葵。葵の紋は神様にだけに許される特別なもので、神馬だけが身につけることができる。
午前十時。神馬舎の裏木戸が開けられ、六代目神山号が出て来た。氏子姿の若者二人に牽かれながら、悠々と歩く。思ったより落ち着いた姿だ。二の鳥居をくぐり、神主さんを先頭に拝礼後、細殿の前へ。
正面のひも縄で囲まれた区域には、白砂で作られた高さ70cmほどの円錐が2つ。頂点には松の葉が立っている。「立砂(たてずな)」と呼ばれるこの小山は、神が降臨する山をかたどった依代(よりしろ)だ。御祭神・賀茂別雷大神が毎年、社殿背後の神山(こうやま)に降臨されたことに因んでいる。神馬を「神山号」というのも同じ理由だ。
古くは神山から引いて来た松の木を立てて神迎えをしたという。頂上の松の葉はその名残。立砂は上賀茂神社を象徴するものとして様々な意匠に使われている。
神馬舎。二の鳥居の前にある。
二の鳥居。奥の建物が細殿。
白馬奉覧神事の際は細殿前に「立砂(たてずな)」が作られる。
儀式のスタート
気がつけば白馬一行は50~60人の参拝客に囲まれていた。フラッシュこそたかれないものの、携帯のシャッター音が鳴り響く。携帯が普及したことで見ることと撮影することが同じ範疇に入る現代人の悪い癖だが、観光客にとっては映える写真をとるチャンスだ。本来は、神の乗り物として仰ぎ見るような存在のはずだが…。
細殿の右隣にある橋殿で再び拝礼。橋殿の左側から「ならの小川」にかかる小さな橋を渡る。続いて片山御子神社(片岡社)にお参り。賀茂別雷大神の母神にあたる賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)を祀った、本殿につぐ格式の社だ。最後に御物忌川にかかる朱塗りの太鼓橋「玉橋」を渡り、本殿の正門・桜門の前に出る。
これらの決められたコースをたどることで、より深く、より神聖な場所へと向かう手順をふんでいく。
神馬一行が二の鳥居をくぐって細殿前に。
細殿前で参拝者に神馬を披露。
「ならの小川」にかかる橋を渡る一行。