TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

3冠すべてで上位争いした、
名馬ヴェロックス。
大学馬術で学生と、全国を目指す。

青山学院大学馬術部に所属するヴェロックスが、馬術の競技会に出場すると、今でも競走馬時代のファンが応援にやって来るという。

ヴェロックスは2019年の中央競馬を盛り上げた1頭だった。皐月賞、日本ダービー、菊花賞は、サラブレッドが一生に一度、3歳の時だけ出走できる3冠レースである。ヴェロックスはその3レースすべてに出走し、いずれのレースでも3着以内に入る上位争いを演じた。

これは1990年から2025年までの36年間で18頭しか達成していない記録だ。2025年の例でいえば、日本ダービーに出走できるのは上限で18頭だ。その3年前に生まれ、日本で競走馬になろうとしたサラブレッドの数は7950頭だった。つまり3冠レースに出走しようと思えば、7950分の18、競争率440倍という狭き門をくぐり抜けなければならない。実力がなければできないことだ。ヴェロックスは出走するだけでなく、3レースとも上位争いをした。

まずは皐月賞だった。4月に千葉・中山競馬場の芝2000㍍で争われるレースに出走したヴェロックスは最後の直線に入ったところで先頭に立った。外から並びかけてきたサートゥルナーリアとの長い競り合いになった。体をぶつけ合うような激戦はゴールまで続き、ヴェロックスは惜しくもアタマ差で敗れ、2着に終わった。

続いて挑んだのが日本ダービーだ。5月の東京競馬場芝2400㍍で行われる歴史と伝統のレースである。競馬関係者の誰もが一度は優勝を夢見る一戦だ。皐月賞で惜敗したヴェロックスは18頭いる出走馬の中で2番人気の支持を受けた。レースは2番手を進んだロジャーバローズが優勝する先行馬有利の展開になり、ヴェロックスはよく追い込んだが、3着に終わった。

ヴェロックスが3冠レースに優勝できる最後のチャンスが菊花賞だった。京都競馬場の芝3000㍍が舞台の菊花賞は3冠レースの中でもっとも距離が長く、スタミナが要求される。4番手の好位置を進んだヴェロックスは最後の直線で勝負に出た。優勝争いに加わったが、ゴールではワールドプレミア、サトノルークスに次ぐ3着。勝ち馬とは0秒2差だった。

3冠レースを「完走」し、好成績を残したヴェロックスだが、勝負運がなかった。菊花賞の後も現役を続けたものの、勝ち星を挙げることができず、6歳2月のレースを最後に競走馬を引退した。現役を引退した後は京都の乗馬クラブで乗馬になった。その後、縁があって青山学院大学の馬術部に移籍した。2025年のことだった。

青山学院大学馬術部では通常、新たに加わった競技馬の馬名に、大学名にちなみ「ブルー(青)」を加える。しかしヴェロックスについては競走馬時代の実績を尊重し、「ブルーヴェロックス」でも「ヴェロックスブルー」でもなく、「ヴェロックス」で登録することにした。クラシック戦線で活躍しただけあって身体能力の高さは馬術でも生かされた。

ヴェロックスが取り組むのは障害飛越だ。障害物を飛び越えながら、決められた経路を規定時間以内に走り切ることを要求される。障害物に脚をひっかけて落下させたり、規定時間をオーバーすれば減点となる。

現在、ヴェロックスとコンビを組んで競技会に出場しているのは2年生の安福心優(やすふく・みゆ)さんだ。「ヴェロックスとのコミュニケーションもずいぶん良くなってきました。お互いのことが理解できるようになっています」

青山学院大学の馬術部は2023年に創部100周年を迎えた歴史ある部だ。東京都町田市に厩舎と馬場のある活動拠点では、40人あまりの部員が10数頭の馬とトレーニングに励む。部員はみんな馬のことが大好きだ。担当者だけではなく、区別なく、どの馬にも温かく接する。斎藤久絵監督によると「みんなでかわいがるので馬の性格が穏やかになるとほめられます」。今年で10歳になったヴェロックスも馬房の中でのんびりと過ごしていた。

6月に行われた競技会でヴェロックスは8位に入賞し、全国大会出場への望みをつないだ。

今年、競馬界ではヴェロックスの同期生が頑張った。皐月賞で競り合いを演じたサートゥルナーリアは種牡馬になり、2年目の産駒の中からロデオドライブが最高峰のGⅠレースであるNHKマイルカップで優勝した。同じくサートゥルナーリア二世のカヴァレリッツォは昨年暮れに朝日杯フューチュリティステークスというGⅠレースを制した。

菊花賞で戦ったワールドプレミアも素晴らしい産駒を送り出した。その子の名はロブチェン。今年の皐月賞と日本ダービーで1着になり、2冠馬に輝いた。10月の菊花賞に優勝すれば、史上9頭目の3冠馬が誕生する。同期生の好調がヴェロックスの馬術競技生活にもつながれば楽しみだ。

引退競走馬サナシオン
酪農学園大学馬術部で挑む
新たな競技生活。

北海道江別市にある酪農学園大学馬術部では、サナシオンが暮らしている。2009年生まれのサナシオンは今年で17歳になった。長年にわたって競技で活躍してきたこともあり、体に変化も見られるが、その体調に合わせたメンテナンスを続けながら、今後も活躍することが期待されている。

サナシオンは競走馬時代、障害馬として花開いた。中央競馬には平地競走と障害競走がある。障害競走はコースの途中にハードルなどの障害物が設けられており、それを飛び越えていく。ジャンプレースとも呼ばれる。障害物を飛び越える技術の巧拙や、平地に比べて長い距離を走るスタミナが問われる。

平地で30戦3勝の成績だったサナシオンは障害に転向してから9戦7勝、2着1回、3着1回という好成績を残した。平地では少しスピード不足だったが、そのマイナス分を飛越のうまさや、豊富なスタミナでカバーした。

2015年4月、サナシオンは福島競馬場で障害馬としてデビューした。17頭立てで行われたレースでサナシオンは途中から先頭に立ち、後続を寄せ付けず、1着でゴールした。距離2770㍍で競われたレースでサナシオンがマークしたタイムは2分59秒3。従来の記録を11年ぶりに、0秒8更新した。障害デビュー戦でいきなりのレコード勝ち。そして、このコースレコードは11年後の現在も破られずに残っている。

障害馬として好スタートを切ったサナシオンはその後も勝ち星を積み重ねた。12月のイルミネーションジャンプステークスをレコードタイムで優勝するまで5連勝。その勢いで障害レースの最高峰、中山大障害に挑んだ。けれどもアップトゥデイトなど2頭にかわされて3着。障害のGⅠ制覇はお預けになった。

7歳になった2016年初戦でアップトゥデイトに雪辱して優勝。4月に春の大一番、中山グランドジャンプに向かった。単勝オッズ1・3倍という圧倒的な1番人気に支持された。だが2歳年下の急成長馬に優勝をさらわれた。そのライバルがオジュウチョウサンだった。オジュウチョウサンはこの中山グランドジャンプを皮切りに障害レースで13連勝。2020年4月のレースまで4年間、無敗を続けた。その連勝のスタートがこの中山グランドジャンプだった。サナシオンにとっては相手が悪すぎた。

オジュウチョウサンは障害界の絶対王者といわれ、歴史的な快進撃を続けた。2026年、その功績が認められ、中央競馬の顕彰馬に選ばれ、競馬の殿堂入りを果たした。

2016年11月、サナシオンは秋陽ジャンプステークスで障害通算7勝目を挙げた。暮れの中山大障害で念願の障害GⅠ制覇と打倒オジュウチョウサンを目指すはずだった。しかし右前脚のけがが判明。秋陽ジャンプステークスが現役最後のレースとなり、引退することが決まった。

2017年春、8歳になっていたサナシオンは酪農学園大学馬術部にやって来た。それから2年後、2019年には引退競走馬杯(Retired Racehorse Cup)の障害馬術競技北海道大会に出場し、2回の走行で減点ゼロ、2回とも最速タイムをマークして、見事に優勝した。

現役時代に障害馬として活躍したサナシオンは馬術の競技馬になってからも障害を得意としているようだが、馬場馬術もこなすなど器用なところも見せている。このため馬場馬術、障害飛越、さらにはクロスカントリー(野外騎乗)も加えた総合馬術にも挑んだ。

現在、おもにコンビを組んで大会に出場している藤井幹太さん(4年)によると年齢的な体力の衰えは否めないが、「やる気は満々で、気持ちは若い」という。脚元に気をつけながら毎日1時間程度、週6日はトレーニングに励む。

サナシオンも北日本大会で上位に食い込むことができれば、前半で紹介したヴェロックスとともに全国大会への出場がかなう。

馬術部を持つ大学は全国で70校あまりある。また中央競馬の調教師には大学で馬術部に所属していたOBがたくさんいる。このため各校とも引退競走馬の受け入れに積極的だ。ヴェロックスもサナシオンも学生たちに可愛がられ、ハッピーな競技生活を送っていた。大学の馬術部はこれからも引退競走馬の重要な受け入れ先になりそうだ。

※ヴェロックスの現役時代の写真(皐月賞出走時)とサナシオンのレース写真はJRA提供

2026.08.25

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