岩﨑代表は大学卒業後、就職が決まっていたが、それを断って北海道の牧場にやって来た。義父が経営していた牧場を引き継いだ。がんに侵されていた義父の「牧場を残してほしい」という遺言に従った。小学校から大学まで乗馬をやっていた岩崎代表だが、牧場経営は未知の分野だった。
転機が訪れたのは2018年だった。種牡馬を養うブリーダーズ・スタリオン・ステーションの知り合いからローズキングダムを預かってくれないかという相談を受けた。種牡馬として活動していたローズキングダムは馬房の中でアクシデントに遭い、半身に麻痺が残る状態になり、2014年に始めた種牡馬としての活動はできなくなった。
「ローズキングダムを預かると、その反響は驚くほどでした。問い合わせが多く、生産活動に影響がありました」
父親から受け継いだ生産牧場とは別に引退競走馬の牧場をつくろうと考えたのは、ローズキングダムの受け入れがきっかけだった。ヴェルサイユファームの近所に引退競走馬のための牧場を探し、現在の場所を見つけた。ローズキングダムは、Yogiboヴェルサイユリゾートファームの生みの親といっていい存在だ。
ローズキングダムは体調さえよければ、牧場の入り口を入ってすぐの場所で放牧されている。「気持ちの浮き沈みはありますが、喜怒哀楽のはっきりした性格です」と岩崎代表。牧場の顔として来場者をお迎えしているかのようだ。
ローズキングダムは2007年にノーザンファームで生まれた。父は日本ダービー馬のキングカメハメハ、母はフィーリーズレビューなどJRA重賞で2勝したローズバドだ。この世界では「薔薇一族」として知られる母系の出身である。
この母系の基礎になったのは1988年にフランスで生まれたローザネイだ。「薔薇の妖精」という意味を持つ馬名の牝馬は日本に輸入されて、次々と活躍馬を送り出した。第1子の牝馬ロゼカラーは1995年にデイリー杯3歳S(当時)で優勝。母に重賞初優勝をプレゼントした。
第2子の息子ロサード(薔薇色の、という意)は2002年のオールカマーなど重賞レースで5勝も挙げた。その後もローズバド(薔薇のつぼみ)、ヴィータローザ(薔薇色の人生)、ローゼンクロイツ(薔薇十字軍)と薔薇一族は活躍した。
しかし叶わない夢があった。最高峰のGIタイトルだった。2着や3着と上位には食い込むのだが、優勝だけができなかった。この悲願を達成したのが「薔薇の王国」と命名されたローズキングダムだった。