第20回 埼玉・東松山市 上岡馬頭観音 その4
妙安寺本堂前の参道に人が集まってきた。仏事「御練り歩き」を見るためだ。例大祭の仏事としてはこれがメインとなる。往時は今の何倍もの人が集まり、参道は身動きが取れなかったという。
戦前の祭り
人出は減ったかもしれないが、平日の午前中にこれだけ人が集まれば大したものだと思う。
馬が輸送や労働力の主役を担っていた昭和・大正の時代、関東一円の信仰を集めていた上岡馬頭観音の例大祭には軍馬や農耕馬など1000頭の馬が訪れ、10万人の人出があったという。参拝の行列が5kmも続いたといわれる。そうなると参拝も1日がかりで、近くの宿場町の旅籠屋が客であふれかえり、1年間の主な売り上げをこの日だけで稼いだそうだ。
戦後も競馬関係者や馬主が「馬体安全」「愛馬活躍」「厩舎繁栄」「騎手大成」「馬主大成」といった願いのために、バスを連ねてやってきたという。

妙安寺本堂の参道に集まった参拝客。

本堂から観音堂へと続く街道の様子。往時は延々と続く長い馬の列ができたという。
「御練り歩き」
先頭に神馬、その後にポニーなどお供となる馬が続く。さらに妙安寺をはじめ近隣の寺院の僧侶たち。人参、お米、などを置いた三宝(台)を捧げ持っている。観音様へのお供え物なのだろう。
「御練り歩き」の行列が整い、出発時間の11時となる。
「バン、バン、バン」
突然号砲が響いた。仏事の開始を告げる花火が打ち上がったのだ。人でもビクッとするほどの音なので、馬にはきついと思ったが、神馬は微動だにしない。すごいなと思ったら、綿を詰めた厚手のメンコが耳についていた。なるほど、これならほとんど聞こえないはずだ。号砲が鳴り終わると、さっとメンコが外され、沿道の人々が見守る中、行列が進み出した。

お祭りの開始を告げる号砲が響く。厚いメンコのおかげで神馬もおとなしい。

中間種やポニーなど、お供の馬が神馬の後に続く。

馬の後にはお供え物を持った僧侶が続く。