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第18回 伝統の馬事競技・打毬 その2 加賀美流騎馬打毬

8世紀、中国・朝鮮を経由して日本に伝播した打毬は、宮中行事となったが、その後廃れた。江戸時代中期に再び盛んになり、明治期以降は祭事としても続いたが、戦後、馬の減少とともに消えていった。今や打毬は、宮内庁主馬班の他に2つの行事でしか行われていない。そのうちの一つ、青森県・八戸の打毬を紹介する。

神社で行われる打毬

8月上旬、八戸市の長者山新羅神社の「桜の馬場」で、青森県の無形民俗文化財にも指定されている「加賀美流騎馬打毬」が行われた。宮内庁主馬班の打毬は、毬門の的穴にボールを投げ入れるが、ここでは毬杖で自軍のボールをすくい、ノーバウンドで竹で仕切られた自軍のスペースを通過させれば得点となる。スティックは「毬杖」、ボールは「毬」、ゴールは「毬門」と呼ばれるところは同じだ。馬は軽種ではなく、和種を使っている。

毬杖の長さは225cmもある。騎乗する和種の体高は140cm程度だから、それより長い。槍を想定しているという。もともとは馬上における軍事訓練の一環として行われていたにちがいない。この地で開催されるようになったのは1827年のこと。八戸藩の藩主・南部信真が神社に奉納したのが始まりといわれる。

長者山新羅神社の境内で行われた加賀美流騎馬打毬。

6本の竹で仕切られたスペースが毬門。毬を放り、自軍のスペースをノーバウンドで通過させれば得点となる。

毬杖をかかげ、観客にアピールする各馬。

軍事訓練としての打毬

加賀美流騎馬打毬では、1チームは通常4騎。紅白で計8騎となる。ただし、取材した年は使える馬が集まらず、3騎だった。毬はそれぞれ4つで先に全部ゴールした方が勝ちとなる。これを3回繰り返し、最終勝者が決まる。

太鼓の合図で競技がスタート。最初の1球目はともかくも網ですくってゴールに投げ入れる。お互い、1球目は相手がゴールするのを見つめる。勝負は妨害ありの2球目から。相手の毬を毬門と反対方向に転がしたり、相手の毬杖を自分のそれで叩いたりと、地面の毬をはさんで激しく競り合う。

その昔は軍事訓練でもあった。騎乗して長い杖を扱う技術は、槍で相手を突く騎馬戦にも通じるものがある。

すくった毬はノーバウンドで自軍の毬門に投げ入れなければならない。10m以上放る必要がある。このノーバウンドというのが曲者で、なかなかコントロールがいる。安定しない馬上から毬杖を使って投げるのは難しそうだ。当然、落馬もある。落馬があった場合は一時中断され、全員の態勢が整ってから勝負再開となる。

白組が全4球をゴールに運び、勝利。3騎は毬門の中央を通ってスタート地点に戻り、勝どきをあげる。最終的には全3戦が行われ、2勝した白組が勝利した。

宮内庁の打毬と似てはいるものの、「加賀美流」と流派の違いをはっきり打ち出している。神社で行われるという点で、奉納儀式としての意味合いも、より強いのかもしれない。

自軍の毬を求めて、相手と激しく競り合う。

毬をとったら、すぐに馬を駈り、毬門へと向かう。