TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

第18回 伝統の馬事競技・打毬(だきゅう) その1 宮内庁主馬班(しゅめはん)

馬を使うスポーツといえば、競馬や馬術が一般的だが、球技もある。ポロだ。イギリスをはじめ欧米で盛んだが、同じルーツをもつ打毬が日本にも古くから伝えられている。どんな競技なのか、紹介する。

日本では8世紀に始まる

ポロも打毬も、チームに分かれ、騎馬でボールをゴールまで運んで得点を競う競技だ。起源は同じで、紀元前に中央アジアで行われていた競技に由来するという。シルクロードを経て、アジアでは7世紀の中国に伝わり、それが朝鮮半島から8世紀の日本に入り、打毬となった。一方、インドで民族競技として行われていたものが、イギリスに伝播してポロとなった。

日本の打毬は古来より宮中行事として旧暦の五月五日に行われた「端午の節会(せちえ)」などで披露された。その後、貴族から武家中心の社会になると衰退したが、江戸時代になって八代将軍徳川吉宗が軍事訓練として奨励したため、再び盛んになった。諸藩で行われたため、独自のルールも作られた。今に受け継がれている打毬は、この時期のものが原型になっている。

現代でも、日本古来の宮廷文化として、宮内庁主馬班がその技を受け継ぎ、同庁主催の伝統文化紹介行事などで披露される。特に毎年9月23日秋分の日に世田谷区の馬事公苑で行われる「愛馬の日」の打毬は、一般の人も目にすることができる。

世田谷区馬事公苑の「愛馬の日」に宮内庁主馬班によって毎年打毬が披露される。

馬は、芦毛の軽種が多く使われる。

独特の施設と道具

9月23日愛馬の日。宮内庁主馬班の打毬を見に馬事公苑に行った。場所は北西エリアにあるサクラスクエアと呼ばれる馬場。午後1時、イベント開始時間には10頭の騎馬が現れた。騎乗者はチームを分ける紅白の陣羽織を身につけている。各々、手には先端に網のついた「毬杖(きゅうじょう)」と呼ばれるスティックを持っている。馬場の東の端には「毬門(きゅうもん)」と呼ばれるゴールがある。ここに網の張られた的穴があり、ここに毬杖ですくった毬(たま)を馬上から投げ入れる。

毬には平毬(ひらだま)と、決勝の時に使われる揚毬(あげだま)がある。はじめ、馬場には紅白の平毬が散らばっている。自軍の平毬をすくって、規定数を的穴に入れると、揚毬を入れる権利が得られ、揚毬を毬門に入れると勝利が決まる。

横一列に整列し、合図を待つ騎馬。毬杖の先の網には自軍の平毬が入っている。「始め!」掛け声と同時に鐘と太鼓が鳴り響く。各馬いっせいに毬門に向かって駆け出す。毬門前で列を成し、順番に自軍の平毬を的穴に投げ入れる。

「カン、カン」。鐘が鳴った。白軍の平毬が入ったようだ。白が入れば鐘、紅が入れば太鼓が鳴ることになっている。

「妨害よし!」アナウンスが流れる。お互いの最初の毬が入ると、以後は妨害が許される。毬門前で馬を寄せ、毬杖を振り、邪魔をする。相手が取ろうとしている平毬をすくって遠くへ投げる。いろいろな妨害方法があり、試合は激しさを増す。

白軍が規定数の平毬を的穴に入れたようで、白の揚毬が馬場に入れられる。素早くすくった白軍の騎馬が、毬門の的穴に投げ入れる。鐘が連打され、白軍のゴールが決まった。こうして宮中に伝わる古来の馬事競技を堪能できた。

ゴールとなる毬門へと向かう各馬。

馬場にまかれた自軍の平毬を馬上からすくう。

「妨害よし!」の声がかかると、毬杖をふって敵軍のゴールを邪魔する。