第16回 北海道・別海町 馬事競技大会 その4
2025年、第10Rの繋駕レース後、第14Rに半ば強制的に参加させられた。久しぶりの参戦で最初は乗り気ではなかったものの、乗ってみたらそれなりに楽しかった。草競馬はやはり馬事文化として欠かせないものだとあらためて思う。
速歩レースにエントリー
実は当日の朝、知り合いの実行委員の一人から声をかけられた。
「第14Rにエントリーしておきましたから、乗ってください」
第14Rは「マスターズジョッキー特別」と銘打たれた61歳以上が騎手の条件となるレース。和種の乗用馬に乗って速歩で500mを進む。
乗り手がいないからということで、騙されるようにしてエントリーさせられた。
「500mじゃ短いよ。1000にするべ」
速歩とはいえ1000mはしんどい。「え〜っ」と思ったが、大会副委員長のひとことで距離延長が決定。
プログラムは進み、大勢の観客の前で、ポニーや和種、軽種によるレースが展開されていく。ゴール前のデッドヒートあり、逸走しての周回遅れありで、草競馬らしい拍手や笑いに包まれる。
エントリーしている以上出場しないわけにもいかない。そうこうするうちに第14レースがスタート。
「ゼッケン2番に騎乗しているのは、元JRA調教師・小檜山悟さんです」
アナウンスが響く。恥ずかしいことこの上ない。引退したとはいえ、元調教師がこんなところで何をやっているのか、と思われそうだ。
速歩なのでゆっくりしたものだが、コントロールを誤ると馬は駆けてしまう。駈歩になると失格なので、抑えつつも追う、という感じになる。
向正面で後ろにいた馬が追いついて来た。「先に行かせてゴール前で差してやろう」と考える。
ゴール前、先行させた馬がよれた。隙をついて差す。結果的に3着入線となった。

道産子による速歩レースに参戦。ゼッケン2番が筆者。

ポニーのキャンターレース。

北海道ならではの道産子によるキャンターレース。
日本一の草競馬
道東は戦前は軍馬の産地として有名で、北海道では日高や帯広に次ぐ「馬の町」だった。戦後もその流れを汲み、一大酪農地帯になった後も、馬を飼う農家は多かった。往時は、別海だけでなく、中標津や浜中でも大きな草競馬大会が開かれ、馬のいななきや人々の歓声が尽きない地区だった。やがて浜中での草競馬がなくなり、2013年には中標津も廃止となった。
それでも残った別海は、別海産業祭との同時開催という背景もあって、コロナの時期を除き、毎年大々的に開かれている。1周1000m以上のコースはしっかりした内ラチ、外ラチに囲まれ、路面も整備されている。内馬場には障害まで作られたばんえい用の本格的な直線コースもある。
地方競馬場もかくやと思われるその施設は、草競馬場としては日本一だ。
レース数も乗馬競技だけで16。中には日本でもここだけでしか見られないトロッター繋駕レースもある。それだけ、馬も人も充実している。別海町は町といっても東京23区の倍の面積を誇り、生乳生産量は全国1位。その町の最大のイベントが産業祭なのだ。その点では資金的にも恵まれているだろう。
日本の馬事イベントはどこも、人、馬、金の不足に悩んでいる。その中では、最も条件に恵まれているように思う。古き良き時代の農村文化の香りを残す草競馬らしい草競馬としては「日本一」と呼んで差し支えないだろう。
この素晴らしいイベントを支えるのは、地元有志の情熱だ。その熱量の高さも「日本一」といえるかもしれない。

別海の草競馬を支える道産子たち。

ポニー競馬に出場する子供たち。次代の草競馬を担うはずだ。
これからも、ここ道東・別海で、草競馬が続くことを願う。