TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

第14回 岩手県滝沢市・盛岡市 チャグチャグ馬コ 前編 その1

「シャン、シャン、シャン」
馬服についた鈴の音が東北に初夏を告げる。着飾った重種60頭近くがスタッフに伴われて岩手県滝沢市・盛岡市を練り歩く。チャグチャグ馬コは東北を代表するお祭りだ。その模様をリポートする。

祭りの起源

チャグチャグ馬コは、もともとは田植えが終わり農作業が一段落したところで、馬の無病息災と五穀豊穣を祈念して、「小荷駄装束」という独特の馬装を施した馬を連れて岩手県滝沢市の鬼越蒼前神社へお参りする風習が起源になっている。風習自体は江戸時代の中期にはあったという。

現代では、重種の馬たちを着飾って、同神社を詣でたのち、盛岡八幡宮までの14kmを約5時間かけて練り歩く行事となっている。色とりどりの馬装を施された総勢60頭近くが1頭につき5〜6人の牽き手とともに、シャンシャンと鈴の音もさわやかに行列する姿は、岩手の夏の風物詩となっている。ちなみに「チャグチャグ」の名は、鈴の音に由来する。

盛岡八幡宮までパレードするようになったのは意外に新しく、1930年に秩父宮殿下が盛岡を訪れた際、同社の神前馬場で馬たちを閲覧したことに由来する。馬たちは、鬼越蒼前神社参拝の後、盛岡八幡宮に向かったことから、以後それが恒例となった。

主役はもちろん重種たち。彼らはかつて農耕の主力であった。昔は家の中に馬房がある「南部曲り家」という建築様式の家が多かった。馬は同居する家族の一員として、愛情をもって大切に飼養された。

イベントとしては準主役もいる。それは乗り手の子供たち。馬をもつ親族や親戚、地域の子供たちなどが乗る。特に年齢が決まっているわけではないが、早い子は3歳から。絣の着物を着て編笠を被り、化粧を施した幼子の馬上姿はなんともいえず愛らしい。

1978年には文化庁より無形民俗文化財にも指定されている。歴史と伝統に彩られた馬イベントなのだ。

チャグチャグ馬コのスタート地点となる岩手県滝沢市の鬼越蒼前神社。

独特の装束を施した馬と人が街を練り歩く。

馬に乗る幼子の姿がなんとも愛らしい。

江戸時代の馬産地

馬文化の継承は容易ではない。かつては馬で農耕に勤しんだ、農村部の共同体のあり方も今はちがう。地元にも関わらず、祭りに関心のない家もあるという。

何より馬を集めるのが大変だ。昔は一家に一頭、必ず馬がいた。労働力の担い手である彼らを主役とする祭事は、極めて自然なものだったはずだ。

馬は他地区から借り、装束と乗り手・引き手を自分たちが行うという家もある。それも一つの形だろう。一年に一度のイベントのためだけに馬を飼うのは、あまりに負担が大きい。

伝統を守るための一つのポイントは子供たちだ。一度でも馬上で時を過ごせば、このお祭りが自分たちの家のものであることが実感できる。たとえ見学だけでも、自分が住む地域にこんな文化があることを知れば、誇りにも思えるだろう。

特に岩手は、江戸時代、「南部駒」の産地として知られ、盛岡の馬市は約250年の伝統があった。その昔は「馬町」という町名まであったという。馬とは縁が深い地域でもある。盛岡競馬場があるのも故なきことではない。

お祭りは鬼越蒼前神社にお参りするところから始まる。

馬に施される衣装の数々。その昔はこの地区のどこの農家にもあった。

お祭りに参加する家に貸し出すため、他地区からやってきた馬。