TAW Thoroughbred Aftercare and Welfare

第12回 福島県相馬市・相馬野馬追 後編 その2

相馬野馬追は2日目に行われる騎馬武者による神旗争奪戦で最高の盛り上がりを見せる。戦国時代の戦いが、現代に蘇る。観客のボルテージがさらに上がっていく。

争奪戦は続く

御神旗をとった4騎が馬場に戻ってきたところで、2回目の打ち上げ。2発の花火から落ちてくる4本の御神旗。再び騎馬が参集する。

騎馬の集団から、1頭の馬が飛び出してきた。背に騎馬武者はいない。

「放馬、放馬!」

叫び声が上がる。

場内を走り回る馬。思わぬ事態にビデオカメラを抱えて逃げるTVクルー。自分にとっては空馬が走り回るのは珍しくもない光景だが、普通の人はあまり目にすることはないだろう。逃げ惑うのも無理はない。関係者が捕まえようと必死に馬を追いかけるが、ボールを抱えたラグビー選手のように右に左に交わしていく。むしろ馬に蹴られそうであぶなっかしいことこの上ない。カメラを人に預け、つかまえにいく。

放馬した馬は追いかけてはいけない。逃げる馬は追っても無駄だ。コツは止まったところを捕まえることだ。暴れるだけ暴れれば、そのうち必ず止まる。そこを見計らって手綱をつかめばいい。セオリー通り自分が馬の手綱を抑え、関係者に渡した。

その間も争奪戦は続く。放馬など誰も気にしない。落ちた武者も陣屋に戻っている。たいしたことはなかったようだ。

こうして計10回。合計20発の花火に、40本の御神旗が空を舞った。ここで、いったん中休み。陣屋に戻った武者たちは、興奮した様子で争奪戦の模様を話す。首尾よく御神旗を手中にした武者は胸をそらして自慢話をする。中には唇を噛み締めて悔しさに耐えている武者もいる。

御神酒で喉の渇きをいやす武者。水桶に頭を突っ込み、グビグビと音を立てて水を飲む馬。休息も人馬一体だ。

後半の花火は1発ずつ。したがって御神旗は1回につき2本となる。獲得の可能性は低くなる。要領のいい武者は、むやみに駈けたりせず、打ち上げの方向と風を読み、参集する武者の周辺部に馬を寄せ、誰もいないところで悠々と旗を取る。運と経験の両方が必要なようだ。

最後の花火が打ち上がる。武者たちもかなり疲れている様子だ。最後の気力を振り絞って馬を駈る。

御神旗を手にした最後の2騎が坂を駈け上っていった。その他の騎馬は各々の陣屋に戻り、下馬。特にセレモニーはなく、これで散会のようだ。各人は静かに帰り支度を始めた。

祭りの後の虚無感を吹き飛ばすように、祭場に一陣の風が吹き抜ける。最終3日目は、相馬野馬追の原点といわれる「野馬懸(のまかけ)」。祭りの掉尾を飾る締めの神事となる。

黄色い御神旗に参集する騎馬武者たち。これだけの数だと運もないと取れない。

赤い御神旗に騎馬武者が群がる。御神旗を奪取することは大変な名誉だ。

激しい争奪戦に旗指物を指し直す。

争奪戦の最中、放馬した馬を自分が捕まえた。

野馬懸

相馬野馬追の最終日は、相馬小高神社境内で行われる神事「野馬懸」。神旗争奪戦に比べ、ぐっと地味な感じだが、伝統行事としての重要度はこちらの方が大きい。本来の野馬追の中心行事はこれなのだ。

多くの野馬の中から神の思し召しにかなう馬をとらえ、奉納する。時代とともに形が変わってきた祭りの中で、平将門の時代から千有余年続く神事。昔日は、郷にある牧から20〜30頭の群れを追い、野馬道と呼ばれる道を通って、境内に設けられた竹矢来に追い込んだという故事に基づく。

現代では、坂下から20メートルほど3頭の馬を追い立て、境内の竹矢来へと導く。追うのは1頭ずつで計3回。このうちの1頭が神馬として神社に奉納される。たいていは芦毛だ。芦毛は年とともに白くなるので、神馬として重宝される。残りの馬は、その場でセリにかけられる。

見るからに屈強な男たちが社務所から出てきた。いずれも白衣(しらぎぬ)、白鉢巻、白股引(しろまたひき)と全身白ずくめ。「御小人(おこびと)」と呼ばれ、竹矢来の中の野馬を素手で捕まえる。重要だが危険を伴うたいへんな役目。元々は殿様のお側に仕え、様々な雑事をこなす一団だった。おそらく一番の仕事は殿様の警固だったはず。現代ならSPだ。危険を顧みない、強者が選ばれたことだろう。元は近隣の人々が先祖代々、受け継いできた役目。現代は馬扱いに慣れた屈強な若者がやるようになった。

相馬小高神社境内の竹矢来に、野馬の追い立て役となる騎馬が登場。

勢揃いした屈強な「御小人(おこびと)」たち。

水の流れる境内の御神水舎(おみたらししゃ)から御神水をすくう。