第12回 福島県相馬市・相馬野馬追 後編 その1

日本最大の馬祭事・相馬野馬追の2日目。戦国絵巻を彷彿とさせるその光景を一目見ようと、何万という観客が会場に詰めかけ、主役となる騎馬武者の入場を見守った。役者が揃い、祭りはクライマックスを迎える。
甲冑競馬
螺の音が雲雀ヶ丘祭場に鳴り響く。4コーナの奥まった場所に第1レース出走の6騎がスタートの合図を待っている。乗り手は兜を脱ぎ、長さ8尺(2m弱)の白鉢巻を頭に巻いた甲冑武者たち。背には縦5尺(約1m半)横3尺(約1m)の旗指物。地面から旗の先端までは3メートル近くある。旗を指した竿が風にたなびき、湾曲している。馬は全てサラブレッドで元競走馬。
ゲートはない。全馬が前方へ向き、呼吸があったところで一斉に走りだす。砂を蹴立てて進む騎馬武者たち。旗指物の旗が風にたなびく。体は相当後方に引っ張られているはずだ。そんな中で必死に前傾姿勢をとる。油断すればたちまち後方へと転がり落ちてしまうだろう。フル装備の甲冑は30キロ以上あるという。兜を脱いでいるとはいえ、馬にとっての負担重量は軽く80キロを越える。旗指物による空気抵抗、とんでもない負担重量、さらに和鞍・和鐙といった不安定な騎座。スピードはかなり削られるはずだが、それを一切感じさせない迫力がある。
バタバタと風を切る旗の音。甲冑が擦れる音。これらが蹄音に混じり独特のハーモニーを奏でる。ここでしか見られない異質な競馬が展開される。
1着でゴールを駈け抜けた騎馬武者は、鉢巻に挟んだ発馬券をゴール前の櫓に陣取る審判に渡し、代わりに着馬券を受け取る。同じく鉢巻に指したあと、一気に羊腸の坂を駈け上がる。スタンドの両サイドから賞賛の拍手。名誉な瞬間だ。望遠レンズで覗くと、引き締まった中にも誇らしげな顔が見えた。
興奮冷めやらぬ中、全レースが終わり、次はいよいよ相馬野馬追最大のイベント・神旗争奪戦(しんきそうだつせん)となる。

背に指した旗指物が、風を受けてかなりの負荷になりそうだ。

甲冑武者が騎乗しているとは思えない迫力満点の競馬。

甲冑姿の騎手たちはかなりの腕達者。競馬関係者も少なくないという。
神旗争奪戦
「ドン、ドン」
打ち上げ花火の連続音が響く。白煙をあげて癇癪玉が大空へ吸い込まれていく。一斉に動きだす150騎以上の騎馬武者たち。やがて2発の癇癪玉は空中で破裂し、中から赤と白、黄色と青の計4本の御神旗が飛び出す。風に舞い、時間差でゆっくりと落ちてくる4本の御神旗。予想される落下地点に騎馬武者が群がる。背中の旗指物がまるで剣を交えるかのように空中で激しく衝突する。鞭をいっぱいに伸ばし、御神旗を絡め取ろうとする各武者たち。怒号が飛び交い、殺気立った雰囲気が望遠レンズを通してこちらにまで伝わって来る。まさにいにしえの合戦そのものだ。馬上の肉弾戦。旗は敵将の首にも例えられる。名誉を求めた真剣勝負なのだ。
審判役の侍は、馬には乗らず、遠巻きに旗の行方に目をこらす。ルールとしては、鞭で絡め取ること、落ちた旗を拾うのは無効、ということになっている。
やがて4本の御神旗の決着がついたのか、騎馬は三々五々散っていく。4騎の騎馬だけが、羊腸の坂を駈け上がる。手には鮮やかにひるがえる御神旗。観客から惜しみない拍手が送られる。野馬追に参加している騎馬武者にとって最高に名誉な瞬間だ。
参加者の興奮を掻き立て、観客の目を楽しませる勇壮な神旗争奪戦だが、意外に歴史は浅い。
廃藩置県によって主催者の中村藩が消滅した後、神社を絡めた祭事として行われた際に新たに付け加えられたイベントなのだ。往時の軍事訓練をうまく表現し、一流のエンターテインメントに仕立てた。発案者には頭が下がる。野馬追をなんとか継続したいという知恵から生まれたのだろう。

空中から舞い落ちる赤い御神旗めがけて殺到する騎馬武者たち。

馬同士がぶつかり、激しく怒号が飛び交う。往時の合戦を彷彿とさせる。

観客の拍手の中、御神旗を手にした騎馬武者は、本陣へと羊腸の坂を上っていく。